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横浜地方裁判所 昭和34年(タ)33号 判決 1960年9月21日

原告 コシモ・フオーテイ

被告 リナ・フオーテイ

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「原告と被告とを離婚する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として「原告は一九〇五年三月二七日にイタリアのミラゾで生れ、帰化によりアメリカ合衆国国籍を取得したものであり、被告は一九一一年一〇月にイタリアのアルカモで生れ帰化により現在アメリカ合衆国国籍を取得しているものであるところ、原告は被告と一九二六年一月三日ニユーヨーク州ブルツクリンのセントロツク数会で婚姻した。しかしながら、原告は右結婚については積極的な意思を有していなかつたけれども被告が既に妊娠していたため被告の家族らに脅されて承諾したものであつて結婚当初より一片の愛情もなく、被告は唯金銭を求めるのみで粗暴な態度を続けたので、原告は遂にこれに耐えかねて一九三二年頃にはイタリヤに職を求めて家出し約五年間別居生活をするに至つた。一九三七年頃に原告は再び被告と同棲生活を営むに至つたが、その後被告の態度は益々粗暴となり、一九四〇年初め頃被告は原告に対し執拗に金銭を求め原告がこれを拒むや大型ナイフを突きつけ、殺すと言つて原告に迫つたために、原告は数日の間家出した。その後二ケ月程してまた金銭のことで口論した挙句原告は被告より股間を蹴られて約二時間失神状態に陥入りその頃被告の兄ガスパーは被告と喧嘩していた原告にピストルを差し向ける等のことがあつたため被告と同棲生活を続けることに身の危険を感ずる程であつた。その他被告は原告との同棲期間を通じて原告に対し右に類似した暴行を繰り返し、粗暴な言辞を弄し、常に著しい肉体的及び精神的虐待を加えて来たものである。

しかして、原告は一九五〇年以来アメリカ陸軍々属として単身日本に居住し、アメリカ合衆国に居住する被告及び原被告間に生れた四児と別居しており、将来は日本に永住するつもりである。なお、被告は、かつて日本に住所を有したことはない。

以上の事由は民法第七七〇条第一項第五号にいう婚姻を継続し難い重大な事由ある場合に該当するものであるから、原告は被告との離婚を求めるため、この訴をする。」と述べ、立証として甲第一乃至第五号証、第六号証の一乃至三を提出し、証人石渡キヨの証言及び原告本人尋問の結果を援用した。

被告は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論の期日に出頭せず、かつ、答弁書その他の準備書面の提出をもしない。

理由

職権をもつて、我が国の裁判所が本件についての裁判権を有するかどうかについて按ずるに、

一、当事者の双方または一方が外国人である離婚事件について我が国の裁判所が裁判権を有する場合があることは法例第一六条の規定の趣旨より見て容易にこれを肯定できるところであるが、ではそれらの事件のうちのいかなる場合に裁判権があるかについては我が国の法律中にはこれに関する明文の規定はなく、結局、条理に従つてこれを決するの外はないものといわなければならない。

二、ところで、離婚が人の身分関係に重大な影響を与え、ひいては一方において個人の生活関係に、他方においては社会の秩序風俗に、それぞれ直接の影響を及ぼすことを考えれば、たとえ当事者の双方が外国人である場合でも、わが国の裁判権に服する実質的な必要がある場合には、換言すれば、当事者双方の生活関係が、夫婦として或は個々的に、現実的には日本の法秩序によつて規整され、その下で営まれていてこれについて国が関心を寄せるべき必要が当事者の双方または一方が日本国民である場合と同様であると認められる様な場合には、日本の裁判所に裁判権ありとするのが条理上相当であるというべきである。かく解することは、また、人の或いは夫婦としての、生活関係は、現実的にはその生活の本拠のある地の法秩序により規整されるところが大であり従つて離婚ということもその同じ法秩序に従つて規整されることが通常妥当であるという実際上の要請にも合致するものである。そうすると、結局当事者双方が外国人であつても、その双方が現在日本に生活の本拠を置いている場合、あるいは、過去において夫婦としての生活が日本において営まれそのため現在においても日本の法律をもつて両者の関係を規整することが正義と公平の理念からいつて相当であると認められる様な場合には日本の裁判所に裁判権があるというべきである。

三、ひるがえつて思うに、「国際離婚事件についての裁判権の有無の問題は国内の裁判の管轄や適用すべき準拠法の問題とは全く別個の問題で、いなそれ以前の問題である。(加藤令造氏人事訴訟法詳解二一一頁参照。)」ということは論理上当然のことではあるが、しかし、前者は後者と全く無関係なものではなく、むしろ、国内法の管轄の規定の精神にひそむ普遍的妥当性や準拠法の根本原則にあらわれる諸国の法理念はそれぞれ国際的に共通の法感覚や各国の法意識を示すものであつて、したがつて「これらが逆に裁判権の存否についての推測を生じうる。(同上同頁参照。)」旨の見解は正当である。それ故に右の見解に基いて考察するに、

(一)  国内的な問題として、どこの土地の裁判所に裁判を求むべきかということについては、訴を提起されるものの住所地の裁判所に訴を提起するのが公平の見地からいつて妥当であるとする原則が広く一般に認められており、この原則は本来国内的な土地管轄についてのものではあるが、その規定の性質の類似性から国際的な裁判権の所在についても、これを推及することができ、かつそうすることにより特段の不都合は生じないのみでなく当事者の利害を較量してより合理的であると考えられる。(この場合、国内人事訴訟の土地管轄に関する人事訴訟手続法第一条の例外規定は、国際離婚事件の裁判権決定については、常に必ずしも普遍的妥当性を有するものとは考えられないから、これを参酌しない。)

(二)  次に国際私法の法域においていわゆる属人主義の制度を採用する国(したがつて、準拠法について本国法主義を採用する国。)の国民と属地主義の原理に立つ国(したがつて、準拠法について反致主義を採用する国。)の国民との双方について考えてみると、(1) 前者の国としてのヨーロツパ大陸の諸国がかつて加入したハーグ国際私法条約のうちの離婚並びに別居に関する法律及び裁判管轄を規定する条約第五条の定めるところによれば、国際離婚の訴訟は、補足的に、夫婦が住所を有する場所の管轄裁判所に提訴することができ、もし夫婦が住所を異にするときは被告の住所地の裁判所に裁判権があることとなつており、(2) 後者の国の一であるアメリカ合衆国の普通法のリステートメントの第百十三節によれば、同国の州際離婚に関する州裁判所の裁判権について、やはり副次的に、(a)当該裁判所のある州に配偶者の一方が住所を有しない場合には、(i)その配偶者が相手方の別居に同意した場合、(ii)その配偶者の非行によつて同人が相手方の別居に対し異議を申し立てる権利を失つた場合、又は、(iii )その配偶者が自から当該裁判所のある州の裁判権に服する場合のほか、(b)当該裁判所のある州に夫婦が最後の住所を有した場合において、その州の裁判所に当該夫婦の離婚訴訟について裁判権を有することとなつており、これらの国際条約及び州際法の基礎理念は、もとよりそれ自体わが国の裁判所が個々具体的の国際離婚事件について裁判権を有するかどうかを決定するについてなんら法的拘束力をもつものでないことは明かであるが、しかし、それは、離婚事件の当事者の生活関係を規整する基本的法規範であるという点において、わが国の公序良俗に反しないかぎり、日本の裁判所の国際離婚訴訟に対する裁判権の有無を定める基準たる条理を探究するに当つて、参酌されて然るべきものと考えられる。

四、上来一乃至三、に述べたところにかんがみて、然らば外国人間の離婚訴訟の国際裁判管轄についてわが国の裁判所はどういう基準をとるべきかを考案するに、日本の裁判所が国際離婚について裁判権を有するには、離婚当事者の双方がわが国内に住所を有するか、又は、かつて有したことを要し、かつ、その最少限度の要件としては、被告の最後の住所が日本にあつたことを原則とし、例外として属地主義国の国民が被告である場合にはその者がかつて日本に住所を有したことがなくとも自から応訴したときは裁判権を認めると帰結するを相当と解する。したがつて、この見解は、「原告がわが国に住所を有する場合でも、少くとも被告が我が国に最後の住所を有したことを以て我が国の裁判所が裁判権を認める要件とすることがもつとも条理に適するものというべきである。」という見解(東京高等裁判所昭和三二年(ネ)第一五三五号同年一一月三〇日判決、高等裁判所判例集第十巻第十二号六八三頁以下参照。)よりもやや広く、同時に、「婚姻の当事者はいずれも外国人であつてもそのうちの一方が日本に住所があれば補則として日本の裁判所に裁判権があるものと解すべきである。」という見解(加藤令造氏前掲二二九頁参照。)より狭いこととなるであろう。

五、さて、以上の見地に立つて本件をみるに、その方式及び趣旨により外国の公文書と認められるから真正に成立したと推定される甲第一及び第二号証、原告本人尋問の結果により成立を認めることのできる甲第三号証、および証人石渡キヨの証言ならびに原告本人尋問の結果を綜合すると、原告及び被告はいずれもイタリヤ生れのアメリカ合衆国人であり(国籍取得原因はいずれも帰化)、一九二六年一月三日ニユーヨーク州ブルツクリンのセントロツク教会に於て婚姻したが、原告は一九五〇年以来アメリカ陸軍々属として単身日本に渡来しているものであることを認めることができ、被告が日本に渡来したことなく、従つて、未だかつて日本に住所を(日本法の定める住所をも、母国法上の意味の住所をも)有したことがないことは原告自から主張するところと原告本人尋問の結果に徴して明らかであつて、以上の各認定を左右するに足る証拠はなく、被告が本件訴に応訴していないことは明かであつて、これらの事実をすでに判示したところに照せば、本件離婚の訴については日本の裁判所は裁判権を有しないものといわねばならず、従つて、本件訴はその訴訟要件を欠いて不適法であり、しかも、その欠缺を補正することができないことが明らかである。

よつて、民事訴訟法第二百二条に則つて、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 若尾元 新海順次 亀山継夫)

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